韓国では竹島の領有権問題をめぐって、日本の国鳥であるキジを惨殺するパフォーマンスがおこなわれ円満に!

事件や法律に対して関心を

今年から新しく採用され、すでに始まった裁判員制度を考える上で大切なことは何でしょうか。RoHSこれまでも裁判員制度を考えるというテーマは、至る所で討論されてきた内容ではありますが、国民が法律や事件について、これまで以上に強く意識するようになった、というのは間違いないでしょう。

裁判員に選ばれたらどうしますか、という問いに対して、積極的に参加したいと答える人、自分には人を裁く自信がない、という人、まったく興味がない、というパターンに大きく分かれますが、最後の回答をのぞいては、前者二つに関しては、裁きに参加したいかどうかは別として、事件や法律に対して関心を示しているといえます。実際にこれらに関心がないいう人は、1割に満たないのではないかと思われます。なぜなら、いつ自分が裁判員として指名されるかもしれない、あるいは事件に巻き込まれる可能性がないともいえない、という可能性を身近に感じたからでしょう。

これまでの国民の意識としては、なにか事件があると、それに関する感想はあっても、裁きに対する意見というのは、日本の場合は大変少なかったように思います。それには、法律に関する詳しい知識を持つ人が多くはない、ということがあげられるでしょう。ジンベエザメと泳ぐしかしながら、法律の知識の有無にかかわらず、凶悪事件を起こした人間に対して、どう裁くかということを考えるのであり、法律知識以前に人として、法を犯した人間に罰をあたえなければいけない、ということを意識するよいチャンスなのではないかと思われます。

自分が関わっている

仮に裁判員に選ばれた場合、事件現場の写真スライドなどを見せられるに耐えられない、トラウマとなってしまうかもしれないという恐怖心はあるかもしれません。IP分散ただ、スライドをみない、という選択肢もありますから、これらはさけることができますし、事件に対して無関心でいるよりも、自分が関わっているということを意識することで、他人に対して無関心でいられなくなるという現象が起こるのではないでしょうか。

アメリカの陪審員制度とは、詳細は異なりますが、犯罪に対して、他人事だった日本人にとって、犯罪は決してい他人事ではなく、自分の身に降りかかるかもしれない、また裁かれる人間に対して、自分の意見を反映させる機会が訪れるかもしれないという思いは、国民全体に広がっていく方が、社会をよくするためにも、効果的であることだと思われます。暴力や犯罪よりも怖いのが、無関心なのです。